印鑑押すのめんどい。押していただくのはもっとめんどい…。

e-Tax(インターネットを利用して、電子的に申告ができる仕組み。)の普及がすすむにつれ、そんな思いが増していく今日このごろ。

古い話ですが、こんなツイートも話題になりました。

2013年5月27日

当投稿では、押印という作業をなくしたいと思う理由、また本当になくしてもいいのかな?という思いをお話します。

印鑑レスにこだわるべき理由ベスト3

押印作業をなくしたいという思い、それは効率化によるものです。

渡す手間が省ける

押印の対象である紙は、メールに添付できません。当たり前ですけど。
となれば、郵送するか持参するかという手間をかけなければなりません。

印鑑レスによって文書の電子送信が容易になり、郵送や持参の手間を減らせます。

受け取る手間が省ける

郵送と持参以外に、受け手が取りに行くという選択肢もあります。いずれにしても手間ですね。

また受け取った紙はファイルに挟むなどして保管し、保管期限が経過したら破棄するという手間がかかります。
スキャンしてデータ保存するとしても、スキャンするという手間、スキャン後に破棄するという手間を新たに生むことになります。

コストカットできる

紙がいらん、郵送や持参がいらん、印鑑も朱肉も押印マットも印鑑拭きもいらん。
保管場所も廃棄コストもいらんし、はたまた電子データなら印紙の貼り付けもいらん。

どうでしょう、電子作成、電子保存の追加コストを差し引いても、そこそこ削れたと思うのですが。

署名ではあかんのか

最近は行政へ提出する書類でも「自署があれば押印は不要」という対応を見かける機会が増えました。
押印が法的要件になっていない手続きについては、柔軟な対応をしていただいているのでしょう。
荷物が減ってありがたいことですわ、これは。

でもね、結局紙にサインしとるんです。
ペーパレスには寄与してないわけです。

というわけで、電子署名の普及には大変期待しております。

Adobeがんばれ。

それでも印鑑が不必要だとまで思わない理由

印鑑は、手続き面において極力無くしたほうがいいと思っています。
それでも、印鑑や押印行為そのものを否定したいわけじゃないんです。

文化は大切にしたい

中学3年生のとき、授業で篆刻を経験しました。
石材に自らの姓を刻み込むという行為は、「書と彫刻を融合した工芸美術」という価値を超えて、自身のルーツを意識させられる思いがしたことを、20年後の今でも覚えています。

それに彫る作業も、印影を確かめる作業も、すごく楽しかったんです。

そんなこともあって、印鑑職人の持つ手彫りの技術は尊敬していますし、その技術によって生み出された印鑑、印影はなくしていいものだと思っていません。

気持ちは大切にしたい

印鑑の話ではなくて恐縮ですが、万年筆について印象的だった出来事があります。

ある社長に法人税の申告書へ署名をお願いしたときのことです。(当時はまだ法人税の電子申告を経験したことがありませんでした。)
曰く「この万年筆は大切な人の形見分けでもらったものなんだ。この万年筆でサインをすると、天国のその人に事業報告をできるような気がして、申告書へのサインには必ずこれを使うんだよ。」とのこと。

こういった儀礼的な目的での押印は、御本人が望む限り叶えて差し上げるべきかなと。

まとめ

印鑑をなくすということについてお話しました。

押印そのものが非効率なのではなく、押印ありきの手続設計が非効率であるということです。
まずは自分自身の業務手続きから印鑑レスを実現してまいります。

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